【翻訳者に必要なスキルは?】英語力と翻訳力の違いから説明する

翻訳の仕事

英語力と翻訳力は違います。

いくら英語ができても、翻訳ができるわけではありません。

翻訳者志望の方からアドバイスを求められることがあります。話を聞いてみると、翻訳者への道を遠回りしているなと感じることがあります。

その人たちに共通することは、翻訳ではなく英語を勉強しているということ。

英日翻訳者の場合、言うまでもなく英語を読み日本語を書くのが仕事です。優れた英会話力やライティング力、リスニング力は必要ありません。それなのに英検1級やTOEIC満点を目指して勉強していたり、英会話学校に通っていたりするんですよね。

資格の勉強は確かにやり方によっては意味があります。たとえばTOEICであれば、900点程度は欲しいところ。それは英語力の土台作りのため(受験テクニックに逃げないことが前提ですが)、そして翻訳未経験のときに仕事を獲得するにあたって役に立つからです。

ただしそれを超えた資格の勉強は必要ありません。資格の勉強を通して英語力を上げるのではなく、さっさと翻訳の勉強した方がいいです。

この記事では、英日翻訳者歴9年目(2021年時点)の僕がまず英語力と翻訳力の違いを明らかにして、そのあとに翻訳者にとって必要なスキルについて説明します。

*この記事で言う翻訳者は、英日翻訳者(英語から日本語への翻訳)のことを指しています。

翻訳って何だ?

翻訳者にとって英語力はもちろん必要です。

ただし高いスピーキング力やリスニング力は必要ありません。翻訳の仕事では使わないからです。

僕は英日翻訳者として活動を始めてから2021年で9年経ちますが、仕事で英語を話したり聞いたりしたことは一度もありません。

英語力は「英語で読み・書き・聴き・話す力」である一方、翻訳力はそうではありません。

では翻訳力とは何でしょう?

僕が翻訳者を目指していたときに読んだ故山岡洋一さんの『翻訳とは何か:職業としての翻訳』から、一文を引用します(この著書は英日翻訳を前提にしています)。

翻訳とは、原文の意味を読み取り、読み取った意味を母語で表現する作業である。翻訳にあたっては、原文の意味を読み取る。理解する。そして、翻訳は学び伝える仕事である。学んだ内容を伝え、伝えるために学ぶ。

翻訳とは何か:職業としての翻訳 (P.100)

翻訳とは「原文(英語)の意味を読み取り理解し、読み取った意味を母語(日本語)で表現する」ことであり、その目的は伝えることにあります。

であるとすれば、翻訳力とは英文読解力+日本語表現力がベースになります。加えて実務翻訳の場合は、特定分野の専門知識も必要です。

まとめると

英語力:「英語で読み・書き・聴き・話す力」
翻訳力:「英文読解力+日本語表現力(+専門知識)」

となります。

英文読解力とは?

英文読解力とは言うまでもなく、英文を読んで理解する力です。

英語力があれば英文読解力もあると思われがちですが、必ずしもそんなことはありません

日本語で考えれば分かりやすいです。

同じ日本人でも読解力がある人とない人がいます(学校の国語テストで点差がつくのはそのため)。日本語読解力がなければ、文章の難度によっては読んでも理解できません。

英語も同じで、英語を一見普通に話して聞くことが出来る人であっても、読んで理解するのが苦手、つまり英文読解力がない人がいます。

これはつまり、文法や構文を理解し単語を知っていたとしても、読解できない(読解力がない)ことがあるということです。

英文を読解するために必要なのは文法や構文、単語といった知識だけではないのです。英文読解力のキモは、それらの知識を駆使して文章の内容を理解する力です

また日本語が母国語で日本語読解力がない人の場合、英語を学習しても英語読解力が弱いことが多いです。たとえば同じ内容の表している日本語と英語の文章があったとして、日本語読解力の低い人が英文なら理解できることは想像しにくいですよね。

このように考えると、読解力は言語力に必ずしも比例するものではないと言えます。

つまり英文読解力は

英文読解力 ≠ 英語力 

であって、

英文読解力 = 語彙/語法/構文/文法といった読むための英語知識+読解力(文章の内容を理解する力)

となります。

【さらに深掘り】読解力=文章の内容を理解する力とは?

読解力を「文章の内容を理解する力」と説明しました。

繰り返しになりますが、語彙/語法/構文/文法などの知識があっても、文章の内容を理解できるとは限りません。そうした知識はもちろん必要ですが、理解するには加えて読解力が必要となります。

ここまで読んで、まだ「語彙/語法/構文/文法の知識があっても文章が読めないって、どういうこと?」と、疑問に思う人もいるかもしれません。

そんな方は次の問題を解いてみてください。

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

 Alexandraの愛称は(  )である。

(1)Alex (2)Alexander (3)男性 (4)女性

Yahoo!ニュース|大事なのは「読む」力だ!~4万人の読解力テストで判明した問題を新井紀子・国立情報学研究所教授に聞く

この問題で問われているものが読解力です。

言葉と言葉、文と文とのつながり、すなわち文の構造を分析して、書き手の考えや感情を文章から論理的に読み取れるかどうか、それが読解力だと僕は考えています。

読解力 = 論理的思考力

であり、英文読解力はつまり

英文読解力 = 語彙/語法/構文/文法といった読むための英語知識+論理的思考力

であると言えます。

日本語表現力を考える

次は、英文読解力とともに翻訳力を構成する日本語表現力について考えていきます。

日本語表現には唯一の正解はありません

どういうことかと言うと、文章の分野によって求められるものが異なるからです。

たとえば契約書や特許文書の英日翻訳では直訳調が好まれますし、ソフトウェアのマニュアルなどはシンプルな表現が求められます。マーケティングや広告文書では、ある程度の創作文(トランスクリエーション)が許容されることもあります。

書き手の人物像にもよります。

男性なのか女性なのか、年齢は何歳くらいなのか。理解してほしいと思って書いているのか、それとも買ってほしいのか、共感してほしいのか。

書き手が想定する読者にも考慮しなければなりません。

どういう悩みを持ち、どういう生活をしていて、なにを望んでいるのか。男性なのか女性なのか、年齢は何歳くらいなのか。

クライアントによって定義される部分も大きいです。硬めの文章が好みのクライアントもいれば、柔らかめが好みのクライアントもいます。

文章の分野、書き手や読み手の人物像、その翻訳を発注するクライアントの好み・・・と、いろんな要素が関係してくるのです。

つまり、案件ごとによって求められる表現が違います。このことが、「日本語表現に唯一の正解はない」とした理由です。

とはいえ、です。より一般的な意味で読みやすい文章とそうでない文章があります

直訳と翻訳は違う

たとえば、この英文を日本語でどう表現しますか?

Your absence from the country automatically cancels your visa.

英辞郎 on the WEB

まず受験英語の英文和訳のように考えてみます。

「国からのあなたの不在が、ビザを自動的に無効にする。」

いわゆる英文解釈的な直訳ですが、不自然ですよね。

おそらく学校受験でこの回答をすれば、ある程度得点は取れると思います。しかしながら、もし僕が翻訳チェッカーとして承けた仕事にこの訳文があれば、間違いなく修正するでしょう。

上でも書きましたが、クライアントのニーズや案件仕様はもちろんあるけれど、一般的には読みやすい訳文が求められます。「日本語として意味が通じれば問題ないでしょ!」という態度では、翻訳者としてやっていけないかもしれません。

ではどのように訳した方がいいのか?訳すプロセスを解説してみます。

最初の一語 Your は absence の主語の役割をしているのだから、you are absent from the country と読みます。所有格が名詞の主語を意味している場合は、このように読み替えると訳文が多少は自然になります。

無生物主語構文は主語を副詞的に訳すとスムーズに行くことが多いです。Your absence from the country を副詞句に替えて if/when you are absent from the country として訳します。

この your(副詞句の you) は特定の人物ではなく、総称人称の your だと推察できます。一般論なので、わざわざ訳すことはしません。

よって主語の Your absence from the country は「出国すれば」「出国すると」となります。

最後の your visa の your についても訳しません。

よって最終的なアウトプットは「出国すると、ビザは自動的に無効になる。」となります。


ここで紹介した翻訳のテクニックは、以下の書籍で学べます。

全て故安西徹雄先生の著書です。

一番上の『英文翻訳術』は、「翻訳調にならずに、読みやすい日本語にして翻訳するにはどうしたらよいか」について、その方法を解説しています。 この『英文翻訳術』 に対する問題集が下の2冊です。

まず 『英文翻訳術』 で内容を理解したら、『翻訳英文法徹底マスターエッセンシャルズ
』で問題をこなします。躓いたら 『英文翻訳術』 に戻って確認しましょう。

『翻訳英文法徹底マスターエッセンシャルズ』がある程度出来るようになったら、もう少し難度が上がる『翻訳英文法トレーニング・マニュアル―翻訳英文法徹底マスター完全準拠』にトライします。

翻訳力を身につけるには、この3冊が非常に有益だと思っています。僕は今でも復習しているし、翻訳中に読み返すことも多いです。


閑話休題。

同じ文章 Your absence from the country automatically cancels your visa. をGoogle翻訳にかけてみました。

「国を離れると、ビザは自動的にキャンセルされます。」

冒頭の直訳「国からのあなたの不在が、ビザを自動的に無効にする。」より、Google翻訳の結果の方が読みやすくないでしょうか。意味が通じればいいということであれば、機械翻訳はある程度使えます。

このように機械翻訳の精度はおそろしく上がっています

これからの翻訳者は理解するための訳文ではなく、原文の伝えたいことを過不足伝えた上で、読みやすくて共感を得られ(そして、原文の意図通り人の行動を促す)訳文をつくることが求められます

まとめ:翻訳者にとって必要な翻訳力とは?

この記事では、英語力と比較するかたちで翻訳力について書いてきました。

・英語力と翻訳力は違う
・翻訳力とは=「英文読解力+日本語表現力(+専門知識)」
・英文読解力とは=語彙/語法/構文/文法といった読むための英語知識+読解力
・読解力とは=論理的思考力
・日本語表現力とは=読みやすい日本語を書く力(厳密には案件ごとに異なるけれど)

まとめると、翻訳者に必要なスキルは次の通りとなります。

1. 語彙/語法/構文/文法といった読むための英語知識
2. 論理的思考力
3. 日本語表現力=読みやすい日本語をつくる力
4. (特定分野の専門知識)

1がグラついていては、翻訳者としてのスタートラインにも立てていないことになります。基礎的な英語知識はさっさと勉強して終わらせてしまいましょう。目安としてはTOEIC900超えです(リーディングは満点近く取りたい)。それ以上は必要ありません。

くれぐれも解答テクニックに走らないようにしてください(意味が無いし・・・)。

TOEIC900超えを達成したら、もう少し難度の高い構文や文法を習得するための勉強をはじめましょう。僕は大学受験用の英文読解参考書を数冊使いました(これについては後日記事をアップしたいと思います)。

2の論理的思考力を身につけるには「人に教える」のが一番効果的です。

たとえば、ネットや本で何かを調べたとき、誰かから面白い話を聞いたときに、それを分かりやすくまとめて別の誰かに話してみてください。

誰かに話したとき、その話が論理的でなければ相手は理解出来ないです。

理解されなかった場合は、相手になんで理解出来ないかを質問してもらいます。そうすれば、自分の話の非論理的な部分に気付けます。

その話をうまく説明できて分かってもらったら、今度は文章に書いてみましょう。ブログでもいいしnoteでもいいので、話をした内容を書いてみます。

書くという行為は自分の考えを外に出すことです。出してみると客観視できます。自分の考えがいかに論理的ではないか気付けます

書くことを日常化すると、論理的思考力がぐんぐんついてきます。僕もこのブログを始めて少しでも毎日書くようになり、頭がクリアになっていることを実感しています。

ぜひ人に説明して、書いてみることを試してみてください。

3の「日本語表現力=読みやすい日本語をつくる力」については、上でも紹介したこちらの三冊がおすすめです。

せっかく英語の文章をしっかり読み取ったとしても、読みにくい日本語で翻訳してしまっては、(相手がよっぽど必要としない限りは)読まれません。

この三冊の本は、英語の知識を総動員して英語から離れない自然な日本語をつくるテクニックを紹介しています

ただこの3冊に掲載されている英文は、それなりにレベルが高いです。「語彙/語法/構文/文法といった読むための英語知識」をある程度身につけてから取り掛かった方がいいかもしれません。

そうでないと誤読してしまうため、正しいトレーニングになりません。

よくこの本のレビューで「この本の訳文例は誤訳だ」と書いてあるのを見かけますが、それは誤読しているからです。英語の文法力があればそんな感想は抱かないと思います。

4の専門知識について。

英語力との比較で翻訳力について伝えたかったので、今回の記事では専門知識については特に書きませんでした。

書きませんでしたが重要ではないということではありません。実務翻訳者になるのであれば専門知識があった方が仕事を取る上で有利だし、案件によっては必須の場合もあります(トライアルも専門分野ごとに分かれています)。

専門分野の選択するにあたっては、これまでのキャリアを活かせそうな分野があれば、まずはそれを選ぶのがベストだと思います。ない場合は、将来性を考えるよりも、好きで興味がある分野を選ぶのがおすすめ

翻訳者になると、英語でも日本語でもその分野の文献を読みまくることになります。仮に好きでもない分野を選んでしまうと、せっかく翻訳者になれたとしても仕事がストレスになってしまいます。

逆に好きな分野を選べば、毎日興味がある分野の情報に触れるわけで、仕事がはかどりまくります!

また分野は一つに限る必要はありません。興味が移れば、どんどん勉強してその分野の翻訳もできるようになりましょう。そういう点で、知的好奇心が強い人に翻訳者は向いていると思います。

さいごに

この記事は翻訳者を目指して勉強している人たちに向けて書きました。

よく「AI(人工知能)が発達すれば翻訳者は不要になる」という話を聞きます。まぁ、そういうことを言う人は、たいがいが翻訳者でも翻訳業界にいる人でもないのですが、僕は翻訳者が不要になるとは思いません。

もしAIが書き手の考え、感情、人柄などを意識して文章を読み取り、読み手に合わせて言葉をつくれるなるようになれば別ですが…もしできるようになったとしたら、なくなる職種は翻訳者どころじゃないように思います。

翻訳はおそらく世間の人が思うよりもはるかにアタマを使う労働です。頭にたくさん汗をかきます。そしてぴったりとくる訳語を生み出せたときの感動ったらありません。翻訳を勉強している人ならわかってくれると思いますが…。

翻訳者になって、もっとその感動を味って欲しいなと思います。

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