先日こちらの記事を書きました。
書きながら思い出したのですが、以前に翻訳者志望の方から「翻訳者になるのにリスニングやスピーキングを勉強した方がいいのか?」という質問も受けたことがあります。
あなたが翻訳未経験という前提で、結論を言います。
翻訳者になるのに、リスニングやスピーキングを改めて勉強する必要はありません。
上の記事で書きましたが、TOEIC900点以上は取っていた方が翻訳の仕事を取る上では有利ですし、英語力の基礎をつくるのにも役立ちます。
ただリーディングパートとの合計でTOEIC900点以上取れる程度のリスニング力があれば、翻訳者としては十分です。それ以上リスニング力を鍛える必要はないですし、スピーキング力はもちろんです。
その理由は、コストパフォーマンスとタイムパフォーマンスが非常に悪いから。
勉強に費やす時間、お金、努力を考えると、翻訳者として得られるメリットはそんなに大きくありません。
この記事では「翻訳者になるのにリスニングやスピーキングを改めて勉強する必要はない」ということについて詳しく書いています。
翻訳者には英語を聞く/話す機会がない
「リスニングやスピーキングを勉強した方がいいのか?」という質問の意図は、翻訳者が英語で会話する機会があるのか気になる、ということだと思います。
僕は英日翻訳者として収入を得るようになって2021年で9年目ですが、この8年の間に仕事で英語を話したことや英語で話しかけられたことは、一度もありません。
ただ一度だけ、英語での会話を求められたことがあります。翻訳者になりたての頃、常駐先の担当者に通訳を頼まれたことがあったのです。
おそらくその担当者は「翻訳できる=通訳できる」と考えていたのかもしれません。
翻訳の勉強を始めている方や翻訳者の方は分かると思いますが、翻訳と通訳はまったくの別物です。
翻訳者だからといってリスニングやスピーキングが出来るとは限らないし、リスニングやスピーキングが出来たからといって、通訳が出来るとも限りません。
つまり翻訳ができるからって通訳が出来るとは限らないんです。その逆も同じで、通訳が出来るからといって翻訳が出来るとも限りません。
「翻訳できる=通訳できる」は成り立ちません。
それで通訳を頼まれた際にどうしたのかというと、僕は断りました。
あくまで翻訳者として常駐していたのだし、もしかしたら通訳をやれるかもしれないけれど、やれないかしれない。やれなかったために翻訳者としてのスキルも疑われるのは、避けたかったからです。
僕がこの8年で、仕事中に英語を聞く/話すことになりそうだったのはこの時だけで、それ以来、英会話とは無縁です。
リスニングやスピーキングができるメリットは「ある」
もちろん翻訳者志望だったとしてもリスニングやスピーキングが出来るに越したことはないですし、出来ることによるメリットはあります。
メリットの一つは、翻訳の仕事を始める際の選択肢が広がることです。
翻訳未経験の人が応募できる翻訳の求人は、翻訳専任に限って言えばそれほど多くありません。
一方で翻訳専任ではなくて他の業務(たとえば海外からの電話の取り次ぎや、英語メールへの対応、海外からの要人や来客対応、英語ミーティングに参加しての簡単な通訳や議事録作成など)も兼ねた求人は、翻訳未経験の人であっても応募できるケースが多いように思います。
リスニングやスピーキングに自信があって英会話に抵抗がないのであれば、こうした機会を活かして翻訳のキャリアを始めることができます。
そこで翻訳の実務を経験し経験値を高めることができれば、その後に翻訳専任のポストに応募することができます。
またもう一つのメリットは、海外の翻訳会社と仕事をする際にリスニングやスピーキングのスキルが役立つことです。
英日翻訳または日英翻訳のニーズがあるのは、日本国内だけではありません。海外の翻訳会社だって扱っています。
僕はイギリスにある Mother Tongue Limited という翻訳会社といつか仕事をしてみたいと思っています。この会社はトランスクリエーションに注力していて、僕自身この分野に興味があるからです。
そうした海外の翻訳会社と電話やオンラインミーティング等でやり取りする時には、リスニングやスピーキングが役立ちます。
確かにメリットはあるけれど…
ここまで記事を読んで「メリットがあるんだったら勉強した方がいいじゃないか!」と思っているかもしれません。
でも、ちょっと考えていただきたいんです。
あなたがこの記事をここまで読んでいるということは、リスニング力やスピーキング力が弱いか、自信がないんですよね?
そんなあなたが、リスニングやスピーキングが出来るようになるには、どれだけの時間と努力(そしておそらくお金も)が必要でしょうか?
海外の大学を卒業しているわけでもなく、海外赴任していたわけでもなく、帰国子女でもないのであれば、ネイティブまたは準ネイティブとスムーズに英語で会話するには、かなりの時間と努力が必要です。
世間からみればTOEIC900点を取れる人は英語ペラペラかもしれませんが、決してそんなことはないのはTOEIC900点取れば分かるはず。
TOEIC900点取ってさらに、スムーズな英会話を目指して勉強を続けるとなると、ゴールが見えないんです。おそらく毎日1時間程度の勉強をしたとしても、年単位で勉強し続ける必要があるのではないでしょうか。
そしてその結果として得られるメリットが、「翻訳の仕事を始める際の選択肢が広がる」ことと「海外の翻訳会社と仕事をする際に役立つ」こと。
これらメリットと「毎日1時間程度の勉強を年単位で続ける」ことを天秤にかけてみてください。
1つ目のメリットに関しては、翻訳未経験だとしても翻訳専任で応募できる求人も少ないなりにあります。
それに今TOEIC900点程度持っているのであれば、スムーズとは言えないまでも、ギクシャクしているかもしれないけれど、基礎的なリスニング力やスピーキング力はあるはずです。
仮にその他の業務と兼務したとしても、今持っているリスニング力やスピーキング力で対処できることが多いです。
2つ目のメリット「海外の翻訳会社と仕事をする際に役立つ」に関しては、翻訳者としてのキャリアの始めは、日本の翻訳会社で経験を積めばいいんです。
その会社でしか扱っていない案件をどうしてもやりたいなどの理由があれば別ですが、わざわざ海外の翻訳会社を選ぶ必要はありません。
そもそも新たなキャリアとしてフリーランスの翻訳業を始めるだけでも、ある程度のストレスがかかります。加えて取引先が海外の会社であれば、仕事の進め方が違うことで消耗度が違います。
ある程度フリーランス翻訳者としてのキャリアを積んだ後に、海外の翻訳会社と仕事がしたいのであればコンタクトを取ってみればいい。その際に自分が持っている以上のリスニング力やスピーキング力が必要そうだと感じたのであれば、その時点から勉強を開始すればいいんです。
天秤にかけてみて、「毎日1時間程度の勉強を年単位で続ける」ことをしてまで得たいメリットと言えるでしょうか。
まとめると、TOEIC900点レベルのリスニング力とそれに付随するスピーキング力を活かせば翻訳者としてのキャリアを始められる可能性があるのだから、ゴール設定なくそれ以上のリスニングやスピーキングを求めて勉強して翻訳者としてのキャリアを始めないのは、翻訳者になるには遠回りだ、というこことです。
日英翻訳者の日本語会話力から考える
僕は現在、翻訳会社に常駐して翻訳やチェックを担当しています。
仕事で英語が母語の日英翻訳者とやり取りすることがあります。日本語を読むのは得意でも話すのは苦手な日英翻訳者はかなりいます。特に海外在住の方に多い。
日英翻訳者と電話で話を終えた後、確認のためにメールのやり取りをすることもあります。日英翻訳者だって、その程度の日本語会話力なんです。
ただ、そういう人であっても翻訳の品質は非常に素晴らしかったりするんですね。日本語を話すのが下手だからといって、その人への依頼をやめるということはありません。
つまりすごく当たり前の結論になりますが、求められるのは翻訳力なんです。英日翻訳者を目指していたとして、リスニング力とスピーキング力は翻訳力よりも重視されることはないということです。
結論:TOEIC900点を超えたら翻訳の勉強に専念すべし
あなたが語学を勉強することが好きで、今すぐ翻訳者になるつもりもないのであれば、リスニングやスピーキングを勉強するのは大いにありです。
ただし今すぐ翻訳者になりたいというのであれば、TOEIC900点を超えたらすぐにでも翻訳の勉強に専念するべき。
語学の勉強と翻訳の勉強は大きく違います。翻訳の勉強をしてみて、語学は好きだけど翻訳は好きになれないと気付く場合があるかもしれません(実際に僕の知人にいます)。
翻訳の勉強を先延ばしにして、後で「やってみたら、やりたいことじゃなかった」となっては悲劇です。
僕の周りには、語学が好きで3か国語話せても翻訳にはまったく興味がない友人がいます。語学が好きの帰国子女で翻訳者になったけど、翻訳者としてのスキルがいまいちで仕事を受注できてない友人だっています。
ある程度までの語学力がついたら、それ以上語学の勉強をしても翻訳力とは比例しません。
ある程度の語学力というのはTOEIC900点を目安にしてください。ただ解答テクニックに走ることなく、英語の勉強をして TOEIC900点です。この記事でも書いているけど、英語の勉強にTOEICの教材を使うくらいの感覚がいいと思います。
そしてTOEIC900点を超えて、翻訳の仕事に興味があるのであれば、 リスニングやスピーキングの勉強をすることなく、さっさと翻訳の勉強を始めましょう。
翻訳力の鍛え方や、そもそも翻訳力って何だ?ということについては、また別記事にまとめてみようと思います。
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